2020/08/03
『イングランドを想え』2人の間に流れる甘く淫靡な緊張感と、読むのを止められない秀逸なサスペンス
2014年「ベストLGBTロマンス賞」受賞作の謳い文句は伊達じゃ無いですね!
以下、ネタバレしていますので、ご注意ください。
※各英文の翻訳部分は私の意訳です。間違ってたら教えてください!
あらすじ
裕福な実業家ヒューバート卿の別荘に招かれた元英国軍大尉のカーティス。気乗りしないパーティへの参加にはある狙いがあった。自分の指を吹き飛ばし、大切な友人の命を奪った欠陥銃事件の真相を暴くという目的が。パーティで出会った詩人、ダ・シルヴァもまた別の目的で屋敷を調べていた。ともに行動するうち、カーティスは彼の個性的な振る舞いの裏に隠された鋭い感性に気づき惹かれてゆく――。20世紀初頭のロンドン郊外を舞台に繰り広げられる、冒険ロマンス。Source : イングランドを想え
カップリング
アーチー・カーティス
元英国軍大尉。
『ソロモン王の洞窟(原題:King Solomon's Mines)』の登場人物の一人、ヘンリー・カーティス卿の甥、という設定。
粗悪な銃の暴発事故により、右手の中指、薬指、小指の3本を失ったため、常に黒い皮手袋をつけている。なお、利き手は左。
また、その時の事故で膝も負傷している。
アームストロング家のパーティに潜り込み、彼が軍人としてのキャリア失い、親友の命を奪った銃暴発事故の真相を探る。
ダニエル・ダ・シルヴァ
詩人であり、アーチーの叔父モーリスに雇われている外務省の秘密捜査員でもある。
ユダヤ人。
友人を自殺に追い込んだ脅迫事件の真相を探るため、同じくパーティに潜入している。
その他の登場人物
物語序盤で登場人物がどどっとたくさん紹介されてて混乱しがちなんですが、Twitterで kasumi(@kasumi_novels)
犯罪だった同性愛
舞台は1904年、エドワード朝のイギリス。
作中でも度々書かれていますが、同性愛がたとえ合意のもとでも犯罪行為だった時代のお話です。
今考えるとすごい話ですよね。
男性が他の男性の中にペニスを突っ込んだら犯罪って…。その行為があったとしても、他人の人生には1ミリたりとも影響はないのに。
キリスト教の影響も強いんでしょうけど。
作中でも男色家のダニエルには、侮蔑の態度や言葉を投げつけられるシーンが多々あります。
実際、主人公のアーチーも最初はダニエルの存在を嫌悪していましたし。
余談ですが、同じ時代で、同性愛をテーマに描いた映画『モーリス(原題:Maurice)』があるようで、近々みてみようと思います。
『モーリス(原題:Maurice)』1987年
アーチーの猪さ
そんな時代なんですけど、最初こそ拒否したり、混乱していたアーチーなんですが、もともと真っ直ぐな性格のせいか、気づけばダニエルに猪のごとく突っ込んで行く勢いの良さ。それはもう、見ていて気持ちがいいほど!
むしろ、ダニエルの方が普段は「男色家だ」とアピールするような外観や態度で不遜な感じなんだけど、恋愛には消極的。
それは彼が過去に手酷い裏切りと失恋を経験してることも、普段から偏見に晒されてて、色々と諦めてるからだったり、身分の差も影響してるんだけど。
みんな大好きなダニエル
たぶん、みんなダニエルのことが気になって仕方がないと思うんですよ。
皮肉混じりによく喋るし、話す言葉にはエスプリが効いてて、言葉や仕草に色気があって、気取ってて、実は有能な秘密調査員で、でも弱さも併せ持ってて、乳首ピアスで。
そう、片方だけの乳首ピアス!エッチ過ぎる!
アーチーとダニエルの対比
性格が正反対で険悪だった2人が、お互いを知っていき、最終的に上手く行くというのは、ロマンスに置いて定番だと思いますが、今回はセオリー通りの展開で終わらないあたりが面白いなーと思って読みました。
物語の冒頭は、よくある正反対で相容れない2人なんですが。
アーチーはいかにも英国紳士という感じで、レイシストで、ホモフォブで、堅苦しくて。
職業も「男性性」の象徴のような軍人でしたし。
反対に、ダニエルはいかにも男色家なたたずまい。
彼の目立つ服装、体のラインを誇張するズボンや、緑の指輪や花もそうですし、彼の口調や悪びれの無い態度は、今でもテレビで見かける「おネェ」と呼ばれる人々と通じるものがあると思う。
そして、ペラペラとよくしゃべり、暴力が嫌い。
なんですけどね。
そのまま彼らが、「英国紳士」であるアーチーのまま、「男色家」であるダニエルのまま、お互いに理解を深め、認め合って行くわけではなく。
蓋を開けてみると、
ダニエルはいかにも男色家で自由な感じの人に見えて、人一倍世間の目や一般常識、身分などを気にしていて。
何と言うか、奇抜な人と見せかけて常識人というか。
自由な風でいて、自由でいれるだけの強さは併せ持ってないというか。
もともと男色家なんだけど、自分を守るために、あえて世間で嫌われる「男色家」を装ってる感がある気がしました。
逆にアーチーは、いかにも英国紳士なんだけど、世間の目などは気にしてなくて。
彼は彼で、まぁ、伯爵家の人ですし、生まれた時から何の疑いもなく、当たり前に無意識に「英国紳士」を装う必要があったんだろうな、と。
そのアイデアが頭になく、気づいてなかっただけで、彼の中身は男色家だったわけで。
そして、気づいてしまえば、世間などどうでもいいと、愛に一直線。
ちょっと言葉にしきれてないんですが、何だか立場が途中で逆になってるというか、いや、逆じゃなくて同じ立ち位置だったというか…。
少なくとも、ただの愚直な軍人と男色家の詩人のロマンス、と一言で片付けられない気がします。
SEXなしでもセクシーさは十分
SEXををどう捉えるかにもよるんですが、この本で挿入したりされたりなシーンはありません。
例えば、装飾塔でアーチーがダニエルに「またフェラして欲しい」と言わされるシーンも、お互いにスタッズを付け合うシーンも。
描写がいちいちセクシーなんですよ。ダニエルの整えた髪が乱れる様子とか、指先を滑らせる動きとか、荒くなる呼吸とか。
そして、その甘い緊張感を溜めるに溜めて、最後の最後に交わすキス!
フェンとパット
2人を助けてくれる、というか、2人よりもいい仕事したんじゃないかという気もするフェンとパット。すごくいいキャラクターでしたよね。
私は強くて、賢くて、行動力のある女性が大好きなので、彼女らの活躍には心踊りました。
この2人が主人公のお話(F/F)があるそうなので、これはぜひ読んでみたい!
本作の2年前、フェンとパットの出会いを描いてあるそう。
ゲイのシンボル
ちなみに、作中でダニエルがボタンホールに指している緑色のカーネーションと、エメラルドグリーンの指輪は、ゲイのシンボルの1つです。
この作品と同じ時代(1854〜1900年)に生き、男色を咎められて収監され、失意のままに亡くなった作家、オスカー・ワイルドのエピソードが元になっています。
彼の戯曲『ウィンダミア卿夫人の扇 (1893)』の初演で、ワイルドは役者の1人と客席にいた友人たちに、ボタンホールに緑色のカーネーションの花をつけるように頼みました。
この行為は、緑色のカーネーションは花の色としては「不自然な」色ですが、同性愛もまた「不自然な」ものと信じる人々への皮肉だったのではないか、と示唆されています。
それ以来、緑色は同性愛のシンボルになり、その文化は20世紀初頭まで続いたそうです。
『オスカー・ワイルド(原題:Wilde)』1997年
ジュード・ロウが美し過ぎる…。
『さすらいの人 オスカー・ワイルド(原題:The Happy Prince)』2018年
コリン・モーガンも美しいですね…。
好きなシーン1: イングランドを想え
“It’s only a mouth. They’re all the same,” da Silva hissed. “Come on, you did this at school, didn’t you? Pretend you’re back at Eton.”Source : Think of England, Chapter 5
「口でするだけですよ。感触なんてどれも同じでしょう。」と囁いた。「学校で経験くらいあるでしょう?イートンに戻ったふりをして。」
屋敷を探っていたことがバレないよう、行為に耽っていたという嘘に信憑性を持たせるため、部屋に戻ってからも続けることを提案するダニエル。
殺されるよりましだろう?他にもっといい策があるのか?の問いに、アーチー何も思いつかず。
“Then lie back and think of England.”Source : Think of England, Chapter 5
(「なら、仰向けになって、英国のためだと思って我慢しなさい。」)
まず、この「Think of England(イングランドを想え)」というフレーズは、夫婦の夜の営みに乗り気ではない妻へ、「子供が出来て産むことで、祖国への貢献になるから、目をつむってやり過ごしなさい」というイギリスのクソみたいな格言なんです。
で、このフレーズをわざわざタイトルにしてるのは、作者のどういう意図なんだろう?と、本を読む前から疑問で、謎が解けるのを楽しみにしていました。
だってこれはM/Mなので、夜の営みで子供も何もないですし。はたまた、本当に祖国を想って何かする話なのかな?なんて。
そして、いざ本を読み始めてみると、スパイ行為を疑われないようにフェラしようとするダニエルが、それを拒否するアーチーに放った一言。
いや、使い方、すごく合ってるんですよ。だからこそ、吹き出してしまって。ここで使うの?!と。
ただ、この時は吹き出しただけだったんですが、最後まで読んでみると、彼らにとってこの「口でする」という行為は、物語のキーになっていて、それがエンディングへと続いきます。
好きなシーン2: イクと行く
ちょっと日本語だとどう訳してあったか分からないんだけど、アーチーが全く同じセリフを別の場面、別の意味で言うのが印象的でした。
1回目は、初めてダニエルがアーチーのを口でした直後のセリフ。
He gave Curtis a vicious fake smile. “After all, you came.” That was just bloody rude, and Curtis found himself retorting, “You made me come!”Source : Think of England, Chapter 5
(ダ・シルヴァは意地の悪い作り笑いを向けた。「結局は、イッたじゃありませんか。」それはあまりに無礼な発言で、カーティスは鋭く言い返した。「君がイカせたんだ!」)
「君がイカせたんだ!」と、なんとも子供のようなと言うか、間の抜けな発言をするアーチー。
この時は、これで終わってたんですが、その後、洞窟で縛られていたダニエルをアーチー助けに来た時のセリフ。
“I’m here. I’ve got you. I’m not a dream.” Daniel blinked. Water dripped from his dark lashes. He looked at Curtis for a long moment, and whispered, “You came. Oh God, you came.” “You made me come,” said Curtis, and wrapped his arms tighter as Daniel broke into weak, helpless sobs.Source : Think of England, Chapter 9
(「私はここにいる。お前のそばに。夢ではない。」ダニエルは目を瞬かせた。黒い睫毛から水が滴る。長い間カーティスを見つめ、囁いた。「来てくれた。あぁ、神よ。来てくれたんですね。」「君が導いたんだ。」とカーティスは言い、強く抱きしめると、ダニエルは弱々しく嗚咽を漏らした。)
洞窟の中で濡れ、体が冷え、弱り切ったダニエルを見つけたアーチーの「君が導いたんだ。」
いや、まさかこのシーンに繋げてくるとは!
先にあげた作品タイトルと口でする行為のリンクや、この同じセリフのリンクなど、この本は読んでいて非常に気持ちが良かったです。点と点が繋がる快感といいますか。
好きなシーン3: 装飾塔でのお願い
“Tell me what you want.” Da Silva’s voice was tight, breathing hard. “I want...I want you to do it.” “Do what?” “On your knees,” Curtis said. “Suck me.” Da Silva flicked a handkerchief from his pocket and spread it on the floorboards, kneeling on it. Curtis watched his movements, frozen with incredulity and need.Source : Think of England, Chapter 7
(「どうして欲しいんです?」ダ・シルヴァの声は厳しく、息遣いは荒い。「私は...して欲しい。」「何を?」「ひざまづいて。」カーティスは言った。「しゃぶってくれ。」ダ・シルヴァはポケットからハンカチを取り出し、床板の上に広げ、その上にひざまずいた。カーティスは、その動きを眺めていた。驚きと欲望で凍りつきながら。)
もうこのハンカチになりたい!
まぁ、割と早い段階でアーチーがダニエルを求めたので、結構驚いたんですけどね。
アーチー素直よね、己の欲に。
好きなシーン4: スタッズを付け合う
Da Silva plucked the studs off his palm and moved over, softly, standing very close, so close Curtis imagined he could feel the warmth of his slim body. He lifted his hands to Curtis’s throat, nudging his chin up with a knuckle, and then, very slowly, ran the back of his finger down his neck, over his Adam’s apple, delving just a fraction under the cloth of his shirt.Source : Think of England, Chapter 8
(ダ・シルヴァは手のひらからスタッズを取り、そっと近づいた。近くに立つ彼が、あまりにも近く、カーティスは彼のスリムな体の熱を感じるようだった。彼は両手をカーティスの喉元に上げ、握っ手の甲で顎を持ち上げ、そして、とてもゆっくりと指先を首筋から喉仏へと走らせ、シャツの下へほんの少しだけ指を差し入れた。)
このシーンも同じく、2人の間に流れる甘い緊張感!もう堪らない。
特に何もセクシャルなことは起きないんですけどね。ただお互いにスタッズを付け合ってるだけなんですが。
好きなシーン5: アーチーの初めて
Daniel was taking longer, and as soon as he had his breath back, Curtis shifted position, still working him with his hand, and brought his mouth to Daniel’s nipple, eliciting what could only be called a squeal. That was good, but he wanted, needed more. He wanted to make Daniel come apart, wanted to do what he should have done days ago, so he gathered up his courage and headed south.Source : Think of England, Chapter 13
(ダニエルの方が時間がかかっていたので、カーティスは息を整えるとすぐに体勢を変え、手を動かし続け、彼の乳首を口に含むと、鳴き声としか言いようのない声が漏れた。ダニエルの反応に気を良くしたが、カーティスはそれ以上のものを求めていた。ダニエルの乱れる姿が見たかった、数日前にやるべきだったことをやりたかった。だから、勇気を出して南に向かった。)
アーチーが勇気を振り絞ってダニエルに、というか男に初めてフェラしたシーン。
いい意味で欲望に忠実に動くアーチーは素敵です。
また、ダニエルが喘ぎながら「カーティス」と呼ぶと、名前で読んで欲しくて「アーチー」とだけ、舐めながら返すのも可愛いですよね。
関係ないんですけど、乳首から下に降っていくのを「南に向かう」って表現してあって、頭は北でそっちは南なのか、と。またひとつ学びました。
“Oh sweet heaven mother fuck.” Daniel’s hips were jerking. “Fuck. Curtis—”Source : Think of England, Chapter 13
(「あぁ、なんてことだ。」ダニエルの腰が痙攣している。「くそっ、カーティス...。」)
好きなシーン6: アーチーは最強だと思う
“No.” Now Curtis couldn’t stop grinning. “Are you always this difficult?”
“Yes.”
“Are you ever going to make things simple for me?”
“I doubt it.”
Curtis put out a gentle finger and tipped Daniel’s chin up so their eyes met. “May I kiss you?”
“You just did.”
“Yes. May I?”
“Oh, good God.” Daniel grabbed a handful of Curtis’s hair, pulling his head down so that their lips met in urgent collision.Source : Think of England, Chapter 16
(「嫌です。」カーティスはニヤけるのを止められなかった。「君はいつもこんなに難しいのかい?」「そうですよ。」「素直になってはくれないのかな?」「どうでしょうか。」カーティスは優しく指を差し出し、ダニエルの顎を持ち上げた。目が合うように。「キスしても?」「さっきしたでしょう?」「そうだな。で、キスしても?」「あぁ、もう。」ダニエルはカーティスの髪の毛を掴んで頭を引き寄せ、2人の唇がぶつかり合った。)
はぁ、もう、こいつは…って感じで、髪を掴んで引っ張って、貪るようにキスする熱さ!
また、こいういった2人の掛け合いがいいですよね。大好き。
物語全体で繰り広げられる掛け合いにニヤニヤしてしまいます。
気づけばアーチーのキャラクター大好きだわ。
好きなシーン7: 次の機会までの練習
“And if we find ourselves in that situation again, next time you’re sucking me off.”
“Fair enough. Do we have to wait until then?”
“Well, I suppose you do need the practice.”Source : Think of England, Chapter 16
(「それから、また同じような状況になったら、次は貴方が私のをしゃぶる番ですよ。」「いいだろう。それまで待つ必要が?」「そうですね…、貴方には練習が必要そうだ。」)
そして、このエンディングが最高!
ここで思い出されるタイトル「Think of England(イングランドを想え)」。
今年読んだ中で、今のところ一番のヒット作かもしれない1冊でした。
バディものとして、これから一緒に仕事をする2人の続きが読みたいけど、出ないようですね、残念だわ…。
書籍紹介
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カナダ、バンクーバー在住。
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